最後に笑えれば

ゼミのこと書くよ、と言いつつバイトのことも。

父はやっぱり死んでいた。

 

今日は告別式だった。

 

父が死んでからというものの、

母も妹も、死んで何も返事しない父によく話しかけていた。

なんでできるんだ、わたしはそんなキャラじゃないからできないなーと思っていた。

だから一応、心の中で話しかけてみた。

 

いっぱい来てくれてよかったねーとか。

58歳はちょっと早いよー。とか言ってみた。

 

寝る前にやっと、おやすみ。とちっちゃく声に出してみた。

妹はでかい声でお父さんおやすみー!!♪と言っていた。

 

でも、どんな風に話しかけても

1枚の木を隔てて寝ているだけの父からは、なにも返事が来なかった。

 

父はやっぱり死んでいるようだ。

 

 

そして昨日のブログを書いた。

 

 

 

父の家系は少し複雑で、産みの母と育ての母がいる。そして、

産みの母の弟(A)

育ての母の連れ子(弟)(B)

がいる。

 

奇跡的にかどうかはわからないけど子供同士の仲は良いが、

当たり前に産みの母と育ての母の仲が良いはずない。

喪主である私の母は、頭を抱えていた。

一方で昨日斎場に泊まっていた産みの母は、自由勝手にやっていてわたしは少しキレた。(?)

 

育ての親は、通夜には来ていなかったが今日の告別式は来ていて、

産みの母と育ての母が同時に同じ場所にいるという、普通じゃありえない空間すぎて結構カオスだった。

まあ確執がありバチバチしていたみたいだが、どちらにとっても可愛い息子には違いないので、

目立ったトラブルは"骨を拾う時までは"なかったようだった。

(中身は割愛)(どっちも我が強いんよ)(危うくどっちも追い出すところだった)(お母さん妹わたし、内心ブチギレ)

母の姉2人がかなり気を遣って動いてくれた。感謝。

 

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父はドラクエが好きだったので、一緒に燃やすやつには部屋に置いていたスライムとモーモンを描いた。

わたしはもちろん上手な方のモーモン

悪魔なのに描いていいのか?と、描いた後に思ったけどまあいいだろう。

 

 

 

告別式は一応滞りなく進んだ。

 

今日も父の会社の人はたくさん来てくれた。

30人くらいは来ていただろうか。

昨日号泣していた愛弟子くんもちゃんと来ていた。

 

母の親戚もありえないくらい来た。

母のいとこ(会ったことはあるけど、もはや父には全くの無関係)とか、

未だに関係性わからないけどとりあえず親戚なのは確定で見たことある人とか。

 

 

本当にたくさんの人が泣いていた。

主に会社の人。たくさん泣いてくれてよかったね、お父さん。どうやら本当に慕われてたんだねー。

母も嫌味とか恨みつらみを普段言っていたくせに、少し泣いていた。

妹も当たり前にちょこちょこ泣いていた。

 

一方のわたしは通夜でも、告別式でも絶対に泣かないと決めていた。

泣いたら死んだことを認める気がして、泣いてはいけない気がした。

あと体が悪いとわかっていて、それでも自由勝手にして死んだくせに

なんでこっちが泣く羽目になるのかと少し悔しいという気持ちもあった。

最後に、わたしは長女だからという気持ち。

父は三人兄弟の長男だった。

故に死んだ祖父からはそれなりに厳しく育てられたようだった。

父は妹と比較すると、長女のわたしには少し厳しかった。それが今更生きることになるとは。

クソジジイがよ。

 

 

とは言ってもギリギリ危ないタイミングはあった。

1位 告別式、父の棺の中に花や思い出の品を添えた時

(ちなみにこの時産みの母とその親戚が泣きながらお父さんの顔をもみくちゃ撫で回していて、別の意味で危なかった。喪主と喪主の娘差し置いてなんだあのババアたち。)

2位 火葬直前、父の遺体に触れた時

3位 火葬直前、扉が閉まる瞬間

 

泣きそうな時は一旦仕事でムカついたことを思い出して涙を引っ込めた。

 

 

愛でないくせにたくさんの花と、よく飲んでいた白岳と翠ジンソーダ、ハゲ隠しでよく被っていたお気に入りのハンチング帽、わたしと妹と父弟Bの3人で描いたアイコスの絵。よく吸っていたセンティアのスムースゴールド。

みんなに並べてもらえて賑やかになって、よかったね。

 

そして、その中でただただ寝ているだけの父。

今にも目を開けそうなくらい、死化粧0なのに顔色が良すぎる父。

やっぱり起きなかった。

 

 

そうして霊柩車に運び込まれて、とうとう火葬場へと走り出した。

火葬場について、最後のお別れをした。

一応もう一度最後に頬に触れてみた。柔らかいくせに、氷のように冷たかった。

 

 

父は、やっぱり死んでいるらしい。

 

 

そうして棺が閉じられて、運び込まれて、扉が閉まっていく瞬間を見届けた。

どうやらもう二度と氷のように冷たくなった身体にも触れられないみたいだった。

 

 

1時間半ほど経ち、火葬が終わった。

案内された部屋に入ると、そこには骨だけが残っていた。

とにかく不思議でたまらなかった。

現実味がまだなくて、大腿骨の骨って大きいなぁと思った。

 

ちなみに父は数年前に鎖骨の骨を折っていて、ボルトが入っているのだけど、

それがちゃんと残っていて少しテンションが上がった。

ワイヤーみたいなものでぐるぐるに止められていた。

あとは骨を落とさないことに全集中したので、ミスなくやり遂げないといけない、という気持ちの方が強かった。

 

 

 

そんなこんなあり、色々終わり家に帰り着いた。

父が運び出される時に漂っていた死臭はすっかり消えていて、いつもの家だった。

父が骨になっていること以外は。

 

父の部屋の電気は消えていて、無意識のうちにもう寝たんだと考えていたが、そういえば死んだんだったっけか。

と3回くらい思った。

 

 

急すぎて、やはり実感が湧かない。

それでもどうやら父は死んだらしい。

 

 

数年前、父がベロベロに酔っ払った真夜中。

わたしと妹が帰省していた時だった。

 

急に部屋に来たと思ったら、ツラツラと語り出した。

 

母の昔のこと。(まあ色々やらかしていた)

それでも愛しているということ。

私も、妹も愛しているということ。

みんなでファミリーだ、ということ。

 

わたしも妹も寝る前で(また酔っ払って適当なこと言ってるよ〜)と思っていたので

まあ、それなりに相槌を打ちながら話を聞いていた。

 

それをさー、まじで酔っ払った時じゃなくて普段から言えって話。

 

会社では饒舌で、コミュ力高いくせに家では変な奇声ばっかり。

 

娘の自慢もさー、本人にしろって話。

大学行くのもお金出してくれなかったくせによー。

車買うお金は援助してくれるんかい、ありがとうね。

 

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(初めて車の話をした時らへんのやりとり)

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(最後のやりとり)

 

もう少し車の話したかったし、またベランダで牡蠣焼きたかったなー。

父の日母の日は妹といいところに連れてく予定だったのになー。

ほんと、なんで死ぬんだよー。

 

ちょっと泣いちゃったけど1人だし、いっか。

こっそり見んなよ。

 

 

 

それじゃ、おやすみ。

父が死んだ。58歳だった。

あっけなく、寝ている間にポックリと死んでいたらしい。

 

 

死んだ日の朝、母から電話が来て焦った声でそう告げられた。

"母が家を出る時間になっても起きていなかったから、起こしに行ったら死んでいた。"

ということしかわからないまま、準備をして福岡に向かった。

 

家と実家の中間地点で休憩してたら、会社の同期に偶然会った。

父が死んだ、と伝えた時の自分の手が震えていて、

それで、どうやら死んだのは本当なんだな。と思った。

 

 

父の死を告げられた時。

「なんで?」と尋ねたら、「わからない」と言われた。そりゃそっか。となった。

そういえば祖父が死んだ時も、第一声はなんで?だった。

祖母が死んだときは、死にそうだという連絡がきて、覚悟していた。

わたしは唐突に何か言われたら「なんで?」と聞いてしまうタチなんだろうと

運転しながら、そんなことを考えていた。

 

 

家に着くと、自宅で死んでいたため警察が来ていた。

事件性なし(当然)と判断して帰っていった後、やっと父の部屋の中に入った。

 

 

よくわからないけどやっぱり父が死んでいた。

穏やかに眠っているように見えるけど、

明らかに顔色が死人のそれだし、胸は何も動いていなかった。

 

 

 

 

思えば、最近の父の行動には違和感があった。

なんだか死ぬための準備そのものなような気がしてならない。

①出不精の父が古くからの友人に会いに行くために、鹿児島に出かけていた。

(その時母も誘ってたけど不参加)

その話をわたしが帰ってきた時にベロベロに酔っていた父からすごく楽しそうに聞かされた。

出かけることもさることながら、それを自分と母に楽しそうに話すのも、珍しいなぁと感じていた。

②私が車を購入した際、かなりの援助をしてくれた。

色んなところに現物を見に連れて行ってくれたり、

頭金を出してくれたり、いろんな部品を買ってくれたり、ドラレコをつけてくれたり。

アイドリングストップキャンセラーもつけてもらわないとな、連絡しないとな。

と思ってる間に死んでしまった。

買うと決まってから、家に帰ると父はよく車の動画を見ていた。しかも軽自動車。

さらに私よりも私が買った車に詳しくなっていた。

これは後にわかることだが、仕事で使用していたteamsには、

私の車のセットアップに必要な部品のメモやリンクが残されていた。

まだ色々触りたかったかもしれないが、私の車だから何も言ってなかったのかもしれない。

どんなカスタムがかっこいいと思うか、話を振っておけばよかった。

ミスった。伝えたらまだ生きてたかも。

③妹が1/30に父にパソコンが欲しいと伝えたところ、

使ってないパソコンがあるからセットアップして渡す。と父が返答していた。

妹から聞かされて、まあ1週間くらいしたら準備できるかな?と思っていたが、まさかの2/1に準備ができて、なんなら妹の自宅まで持って行く、とまで言っていた。

しかし妹はその時私の家にいたので、帰りがけに妹が実家により、パソコンを受け取り、少し話して帰宅した。その時は全然普通だったらしい。

 

 

 

その日の夜中、父は死んだ。

 

 

とは言っても当の本人は死ぬつもりはさらさらなかったようで

直近のメールの履歴には健康食品(トマトジュース)の発送通知が来ていた。

 

トマトジュース飲むんじゃなくてその飲み過ぎている酒をやめろ。

と、妹と突っ込んだ。

 

 

 

父はどんな人でしたか?と聞かれたら

「自由な人」

の一言に尽きる。

好きな時に好きなものを食べて飲んで、早死にしないわけがない。

健康診断の数値は見たことないレベルで最悪だった。

心電図の波形異常、高血糖値、尿蛋白、血尿、高コレステロール、貧血、ピロリ菌、胃ポリープ、逆流性食道炎グレードM

あと乗ってない範囲では睡眠時無呼吸症候群

既往歴は糖尿病、水腎症で片腎摘出。

悪くないところと言えば、脳みそくらい。

そりゃそんだけ悪いのに、酒もタバコもやめないし、好きなものなんでも食べるし、

母の忠告も無視だし、そりゃ死にますよね。

って思っていた。

 

先述した通り自由に。

頑固で自己中できままに生きてる人間だと思っていた。

 

が、勤めていた会社では少し違っていた。

そんな父になぜか愛弟子がいた。愛弟子は訃報報告を朝礼で聞いた時、ずっと泣いていたらしい。

通夜会場についてからもずっと泣いていて、放心していた。

専務とは好きな車の話で盛り上がって仲良くなっていた。

たまに社長の息子の面倒も見ていた。

会社に鯉のぼりを立てていた。

会社の壊れた壁をDIYで直していた。

そういうことをたくさんやっていたから〇〇(苗字)工務店なんて呼ばれていた。

どうやらいろんな人に慕われていたようで、泣いてる人がたくさんいた。

会社で娘さんの話たくさんしてましたよ〜と色んな人に言われた。

わたしが勤めている会社のことを自慢していた。

わたしが車を買ったことも楽しそうに話していたらしい。

そんなこと、わたしには一言も言ってくれなかったのに。(車は確かに楽しそうだったけど)

 

 

 

検死をしなかったので、正確な死因はよくわからない。

脳か心臓か多臓器不全か?と思ったけど、チャッピーは心臓だと言っていた。

苦しんだような顔じゃなかったのは、寝ている間に致死性の不整脈が起こり

数十秒の間に気を失い、そのまま死んだ可能性が高いと。

チャッピーにはそんなつもりはないだろうが、その一文には救われた気持ちになった。

苦しまずに死ねたのなら、それでよかった。

 

湯灌をしたら驚くほど顔色が良くなって、本当に眠っているだけかのような見た目になった。

しかし体に触れるとあまりの冷たさで、血の通った人間ではなくただの物体のようにしか感じられなくて

それでやっぱり死んでるな。と現実に引き戻された。

 

ここまで来ると、流石に死んだことは頭では理解しているのだが、

なぜ通夜をしているのか、なぜ今斎場に宿泊しているのか、なぜ父は棺の中に入っているのか

なぜ会社の人が泣いているのか。

 

死んだことと事象が直結していない、不思議な感覚でしかない。

 

 

こんなときなのだけど、プライベートでも色々あり過ぎて、

おそらく一周回って脳みそが必要最低限の処理しかしないようになっている。

元気なのだがご飯が食べられない。

仕事のこととか気にしてしまう。

多分、知らず知らずのうちに色々な防衛機構が働いて心を守っているのだと思う。

妹は検定勉強をしていた。

わたしは明日お葬式なのにも関わらず、こんな時間にこんなものを書いている。

誰に見せたいわけでもないものを。だけど誰かに見て欲しいものを。

 

 

 

 

そして今日、父は灰になる。

 

急に死んで、その2日後に灰になる。

あまりにも急展開であっけなさすぎる。

まあ長生きしないとわかっていたけど、せめて65-70までは生きてほしかったな。

 

 

 

 

 

 

試験頑張ります

タイトル通りです。

昇進試験です。筆記と面接です。

問題は面接です。

 

春に受けて一回落ちた試験の再受験なので課題点まとめます。

ノートにまとめると綺麗に書いちゃうからここに書く。

あ、こういう時に0秒思考のメモ書きしたらいいのかなー。(最近唯一読んだ本)

 

○質問に対しての回答がずれてる

・自覚あります。(模擬面接の対応してくれてる人の反応で確信に変わった)

・ガチでどういう風に答えたらいいかわからん。

・相手がどんな回答を求めてるのか理解できてない。

FBで、質問の意図が理解できてないなら質問しないとだよーって言われたけど、

自分では理解して答えてるつもりなのに微妙な反応されるのが1番怖い。

 

 

○質問に対しての回答がふわっとしてる

・自覚あります。(模擬面接の対応してくれてる人の反応で)(要は自分はちゃんと答えてると思ってた)

・自分が昇進してどうなりたいかの軸がないからかも。

・スキル的な面だとprep法が下手すぎる。

過去のブログ読んでも感じる。

 

○具体的な行動面についての回答もふわっとしてる

・自分では具体的に答えてるつもり(1番怖い)

解像度低いのは落とし込みが足りないし知識も足りないのかも、引き出しが少ない?

もしくは正解の引き出しを探し当てるのに時間がかかる

・結局自分は昇進してどうなりたいか?がぶれてるからってところに帰結する。

自分流の行動指針的なものがないから発言に一貫性も具体性も生まれない。

 

元々次の職位は入社して1番頑張りたい!って思ってたところだから、入社の動機と絡めて話そうかなって思ってるというか。

何を成し遂げたいの?って聞かれたからそれを模擬面接官に伝えたら

「なんでそれ言わないのーーー!?」って言われて、言っていいんだ…ってなった。

「言っちゃダメな理由なくない?」って言われて確かに。とも思った。

 

あとは自信を持つこと!

大まかなことは間違えてないって言われた!

けどずれてるって言われるからそれほんと?すぎる!

けど前回のテストの結果もそんな感じだった!

要は何も変わってない!そんなすぐに変われない!頑張るしかない!

 

prep法の王に、俺はなる!

 

気に病む必要なんてないよ

価値観って人それぞれ違うから、とは言ってもなんか消化不良起こしちゃう。

 

毎日もやもや…

自分の価値観が正解というわけでもないのに、

フォローしてる他人の独り言を見てはフラストレーションが溜まっていって

「価値観終わってんな」

とか思ったりもしちゃう。

それってまじさもしい。いつからさもしい人間になったんだろ。

 

酒飲んでるから偉いとか

仕事真面目にしてるから偉いとか

彼氏いるから偉いとか

お金持ちと付き合ったとか

付き合い悪いからダメだとか

いないからダメだとか

サボってるからダメだとか

誰が決めたんだろ〜自分は自分じゃんね。

 

っていうのが自分の価値観なんだけど。

だけど価値観ってアップデートされていくものだから

何も変わってない自分ってもしかして成長してないのかな?

とか

自分ができないことへの言い訳なのかな?

とか

色々難しく考えちゃう。

 

そのくせして許容範囲は狭くなっていく一方だから

この人は変わった〜とか言って

人の価値観にケチつけちゃうんだよな、疲れちゃうね。

 

似てる価値観の人見つけて安心してたり

彼氏いる人からそういう価値観もてるのすごいと思う!とか気休めにならない言葉とかでわたしの心は荒んでいくんだけど、

どうせ悩むなら仕事のことで悩みたいよ!

 

人の考え方って他人がそう簡単に変えられないから、自分の許容範囲広げるしかないんだよなぁ。

 

 

この間漢方茶作りに行った時におおらかなんて言われたけど

本当にそうなのか?と思う日々。

だけど狭量の人見たり、つまんない物差しで見てんなって思った人に対して最近すごく冷めちゃうからそういう意味ではおおらかなのかも知れぬ。

 

そういえば領収書もらい忘れたの思い出した。

怖。

 

店長からレベルアップして定時退勤できる日も増えてきたから

こんなことで悩んじゃうよ。

 

別に悩むことでもないよ。

だってわたしはわたしだし。

でいつも完結させてるし今日もまたそれで完結させる。

それが一番の正解だもん🎶

 

という、自分は自分だよねっていう決意のブログ🍇

2020/05/03

3月の半ば、卒業して少し後。

とうとうバイトを卒業した。

 

これから立場が変わるってことで、バイトブログは下書きに戻した。(もし見られたときのコンプラの問題)

 

とにかく4年間続けられたのは、ほんとにいい人々に恵まれたからだと思う。

誰よりも叱ってくれたオーナー、お兄さんみたいな店長、いつも優しくて強いトレーナーに、クセが強いけどそれ以上に優しい従業員の皆さんのおかげだ。

昔のわたし(今もだけど)みたいにおなじミスを繰り返してしまうような人間はさっさと見限られてもおかしくないはずなのに、みんな見捨てずに励ましてくれたり、ときには怒ってくれたりと、と見捨てずにどうにかしたいと言って、どうにかしようとしてくださった。

それは、ミスが減って悩みの質が変わったバイト後半〜卒業するまでずっと変わらなかった。

 

わりとバイトで良い思い出ってあんまりなくて、怒られた思い出や、ミスした思い出、忙しくて大変な思い出、先輩として責任持たなきゃいけない、結果を出さないといけないという気持ちや、できなかった悔しい気持ちなど、そんな思い出ばかりが浮かぶ。楽しい思い出もあるけど、それはその記憶の端々にキラキラ散らばっている感じ。

 

思えば、いつのまにかバイトがわたしの生活の中心になっていた。

だけど絶対に単位を落とさないで大学生活は両立させる!がわたしのモットーだった。

単位を落としたらバイトのせいにされるから。自分のせいなのにバイトのせいにされるのは腹が立つなあと思ったからなんだけど。

だからバイトを辞めた後から4/1になるまでの社会人になる前の空き時間は、ぽっかりと穴が空いたような気持ちだった。

辞めても近所だから何かとお店に行く機会があって、みんな優しく迎えてくれらからとても嬉しい。なんとなく長い休みをもらって修行している気持ちになることがある。

結局のところ、辛くて苦しい思い出ばかりでも、それ以上に学べる環境で、とにかくそこにいるみんなが好きだったんだろうなって思う。

他の人より接客下手だし、敬語だってうまく使えないし、接客がめっちゃ好き!というわけでもなかったし、きっとみんなから期待されてるようなクルーにはなれなかった。そんなバイトは苦しかったけど、楽しかった。

 

バイト4年目は、わたしがいなくなってもみんなが自主的に考えて行動できるようになってほしいなということを目標にしてたけど、わたし自身にそこまでの余裕がなくていろいろ店長やトレーナーと考えながら進められなかったことも後悔してる。

あとは、冒頭にもつながるんだけど、おなじ人におなじことを繰り返し言う立場になったりもした。そしてそれがいかに大変で、いかにストレスのかかることなのかを知った。自分も今まで、いろんな人にこういう気持ちにさせてたんだなと思った。4年目だけど初めてわかったことだってたくさんあった。

 

本当はバイトを辞めたくなかったし、給料がちゃんと出て、そしてみんなが望んでくれるなら今の立場よりももっと上になって、という考えがなかったわけではない。

だけどわたしの気力的にもたなかったと思う。最後の方のわたしは、厳しく接させることや求められることのレベルの高さに精神的に疲れ切っていたし、求められてる頑張り方は理解できても、いざ実行に移そうとするとどうしたらいいかわからなかった。

そうやってほかの人よりも自分に厳しく接することは、これから新たなステージへ進むわたしに対して最後にしてあげられることだ、と上の人から言われた。わたし自身も、そのとき経験していたことは絶対将来役に立つと思ったし、そうやって考えてくれている人の気持ちを考えると、とても辛かったけど途中で逃げることだけはしてはいけないと思っていた。

 

 

そして環境が変わった今。

社会人になって1ヶ月が経った。

バイトで過ごした4年間は本当に素晴らしい経験だったんだなと痛感する瞬間がたくさんある。そして、自分が今置かれている環境は、バイトしている当時と比べたら圧倒的にルールや制度というものが欠けていて、バイト先が本当にちゃんとしていたんだな、経営者だけじゃなくて、従業員を巻き込んで経営をしていこうとしていたんだと痛感している。

 

 

「大学生活、こんな自由な時間にバイトだけしていたらもったいない」

と、いう言葉を耳にする、が、わたしはこの言葉が大嫌いだ。

一理あるのはもちろん理解している。

企業が主催しているイベントや、友人との交流やサークル活動…そのときだけしかできないことは本当にいろいろあるんだけど。

勝手にもったいないなんて決め付けるのは、真面目にバイトをやってる人に対して失礼じゃない?って思っちゃうわけ。

少なくともわたしはバイトしてる時間をもったいないと思ったことは一度もないし、バイトと天秤にかけてどうしてもやりたいことは、ちゃんと休みをもらってやってきた。

そもそも!

大抵の社会人は、バイトだって大学生の時にしかできないししないでしょ?って感じ。

サークルとかイベントと何が違うの?

目的を持って、と言ったら大袈裟かもしれないけどそうやって自分を成長させられる、やりがいのあるバイトをしたら、バイトしてる時間は絶対に"ただのお金を稼ぐ時間"にはならないし、それがわたしみたいに将来につながることもある。

 

だから、これから入る森田ゼミの子でバイトしてる子がいたら、勤務時間の多さに関わらず、何かを人生にいい影響をもたらすようなバイトをしてほしいなあ。

 

 

てかなんか長くない???

今まで書いてなかった分ってことで…

2019/2/26〜27

 

 

2/26〜27で東京に行きました。

ちょこちょこ書いてたけど、就活が挟まって書けてなくて、やっと今日書き終えられた…。

 

LIONさんとの合同プロジェクト?の、発表会でした。

 

前日まで話し合いしてたので、発表の練習あんまりできてなくて、めっちゃ不安を覚えながら東京へ。

緊張で頭痛。

発表の持ち時間は各班30分。なぜか15分だと思ってたのでまじかーーー!倍やーー!!とびっくり。

 

最初に先生のプレゼンを聞きました。講義聞いてるみたいで楽しかった。

わたしたちが考えるのは、未来がこうなってる、ではなく、未来をどうしたいのか。センスメイキング的思考、、?

エクスペリエンス・ビジョン(ユーザーを観察して体験を企画すること?)に近い。

だから、アクティングアウトやオズの魔法使い的な、時間軸を踏まえた体験のプロトタイピングを行う。

 

オズボーンのチェックリストどこかでやったんやけど、どこだったかな。ゼミ?講義?インターン???たぶんインターン

大きくできないか?とか応用できないか?とかチェックリストに当てはまるやつ、、。

 

先生のプレゼンはわたしたちがしてきたことを、言葉にするとこんな感じになりますよ。という感じで、聞いていてなるほどーとか、もっとこうすればよかったかも〜と思ったのが何度かあった。やってたからこそ見えてないというか、見ることができてなかった部分だったのかもしれない。それを記録整理して振り返られるのがブログや、、ちゃんと書こうな、、。

 

 

発表はめちゃめちゃ緊張しました。いつまでも慣れない。場数踏むしかないからたくさんやらないと上手になれないけど、あまりにもスタート地点がマイナスすぎる…。原稿を見ずに言うつもりが、テンパって内容全部飛んでってしまって、結局見てしまったのが後悔です。そして緊張のあまりに謎の半歩後ずさりをしてしまった。それだけはなんしとんや自分…ってすぐに思った。

 

私達が考えたのは磨かない歯磨き。

最初はリードユーザーを見つけようとしてたけど、なかなか見つからないしうまくいかないしで行動観察等のフィールドワークやる方向に変更してそこから価値を見出すことに。

そしてでてきた5つの価値が

・対人

・スッキリ

・お金

・予防

・時間

1度目の報告会で、それぞれの価値に特化したサービスを考えてて、蒸気で汚れをとかしたり、歯を持ち運んで好きな時に好きな歯並びの歯を付け替えできるとか(これは結構いいと思ってた)、微生物に歯の汚れを食べてもらう、とか、歯に特化した保険の提案とかした。FBで全部100年後ではなくそれより前に実現できそうだというのと、もっと美に特化してもいいかも。というアドバイスをもらえたので、5つの方の中でも対人に特化したサービスを考えることに。

 

最初は扉をくぐれば歯磨き完了してて、服も着替えられてメイクも終わって……という夢のような機械を作ってたけど、いや魔法すぎんか、となったのが結構ギリギリで、そこからどうしようどうしようと悩んで、対人がメインで、すればするほど美しくなる、対人イコール人に見られてる、それなら堂々としたいよね!というのを軸に残りの4つの価値も叶えられる?のを提案することに。

それが、、MiTEじゃーーーー!(勢い大事)

由来はなんか単語を書き間違えたところから始まったんだけど、綺麗になったわたしを見て!の見て。です。iが小文字なのは人に見えるからです。

MiTEは、普通にジュースみたいな感じで、飲むことで歯と腸を綺麗にする磨かない歯磨き。

なんで急に腸?ってわたしも話し合いに参加できなかった間に決まっててそう思ったけど、腸の健康状態が良くなったらいろーーんなところの状態が良くなるんだと!けどそうわかっていながらできてないのが現代らしい!

食事をしながらでも飲めるし、日常のシーンに合わせていろんな形態のMiTEがあったりする。(ペットボトルのとか、家で水に溶かして作れる粉末タイプのとか、カフェで売ってたりとかしてる)

 

というのをまとめてプレゼンしました。

 

フィードバック

・ありそうなことをきちんと価値に繋げてるのはとても良い。

・せっかくなら、100年後の食事も考えてアイデアを出してもよかったかもしれない。

 

質問もいっぱいしてもらえた。

考えきれてなかったです、という回答をすることで、自分たちがアイデアを詰めきれてないところがあったことに気づけたり、特に印象的な質問が、奥歯を磨きたいときはぐちゅぐちゅしなきゃいけないのか?という質問と、ロゴがかわいいけど男性的に使いづらさはないのか?という質問で、食事しながらのシーンはアクティングアウトしてなかったからたしかにーーー!すぎたし、女子だけだからいつのまにか女子に偏った考え?になってしまってたりしたところがあったのかな?とたくさんのことがわかったので良かったです。

 

発表が新たな気づきの場になったのは初体験でした。MiTEはまだまだ良くできると思う!!!!!!

 

 

 

なんか遠い昔のことのような気がするけど、まだたったの1ヶ月前なのかーと。

 

 

 

 

 

就活でブログを見返すことが増えた。

ちゃんと自分がなにをしてるか、何を学んだか、しつこいくらい詳しく書いておくべきだったーー!!!!と思ってる。

2019/02/16

 

インターンに行きました。

不動産業界?かな?

実際に昔からある団地と新しい団地を見比べたり、同じ団地内でもリノベーションしてあるところを見たり、そのあとはグループワークで実際に見てきた昔からある方の団地のリノベーションを企画しました。

 

まずびっくりしたのが理系の多さ!

グループワークで文系はわたしとあともう1人?だったかな???

圧倒的建築学科率……専門用語飛び交って何言ってるかわかんない時があったけど、ちゃんとどういう意味??って尋ねられたのでよかった!あとちゃんといつも通りアイデアの提案もできました。

 

グループワークでは

ある程度条件を設けられた中でペルソナを具体的に決めて、キャッチコピーを決めて、リノベーションを考えた。

 

20〜30代をターゲットにして、趣味なども具体的に決めるのが条件だったので

・30代前半の夫婦

・5歳の子どもが1人いる

・夫は天神で19〜20時ごろまで仕事

・妻は家の近くで17時ごろまで仕事

・趣味は夫はマラソン、妻は料理

という風にペルソナを設定した。

 

キャッチコピーは「帰りたくなる家」

 

控えめに言って素晴らしくないですか?

前に、一人暮らしするなら帰りたくなる家にしたほうがいいよって言われたことがあったので、それを考えながら見学をしていたらたまたまキャッチコピーもそれになった。出てこなかったら提案するつもりだったけど、自然にそれが出てきたので内心すごいテンション上がった。

 

 

リノベーションする部屋の間取りが自分の家と全く違うからすごく大変だった。
今まで一度だけ引っ越ししたことがあるが、住んだ家はどちらもダイニングとリビングが一体になってる形の家だった。見学して、実際にリノベーションする家の間取りはその2つがわかれていて、ダイニングをどう生かすかが大変だった。

 

リノベーションは持ち点方式で行われた。

水回りの改修とか、畳をフローリングにしたりだとか、壁を付けたり外したりなどのリノベーション項目に点数が決められていた。水回りは3段階くらいグレードがあって、現状維持→まあそこそこ→めっちゃいいみたいな感じになってて、よくなればなるほど点数が高くなる。

他のところにポイントが割けなくなるのでそこの塩梅も難しかった。

 

 

コンセプトの、帰りたくなる家ってなんだろう?というところから話し始めた。

①帰ってきた時に家族の顔が見える

②落ち着ける、趣味に沿った性能

③家の中で家族みんなで何かできる

のが帰りたくなる家なのではないか?という話になった。

 

なのでそれを実現できる間取りを考えることにした。

 

①→キッチンの隣の部屋をダイニングにした。夫の帰って来る時間がちょうど夜ご飯の時間なので、家に帰ってきてダイニングに来たら、家族がみんな揃うという状況が生まれるようにした。

②→帰って来た時すぐにダイニングに行けるように、玄関入って正面をクローゼットにして、荷物をすぐにおけるようにした。

また趣味がマラソンだったり料理だったりするので、キッチンと浴室は1番グレードのいいものを採用した。さっき書いたように、トイレと洗面所もグレードを選ばなきゃいけなかったけど、予算が足りずそこは普通のにした。

③→家の中心であるダイニングだったところを子供が遊べる部屋にした。ご飯を食べたりした後、お風呂に入った後は絶対そこを通るので、子供の顔が見えるし、家族で何かするにも充分スペースを確保できていると思う。

 

写真ないと伝わりづらいなあ。

 

 

発表して、フィードバックをもらいました。

・来年子供が小学生になって、ダイニングだったところを子ども部屋にするなら、リビング・寝室とダイニングとキッチンの位置的に家族が行き来することになるけど、もしあえてそうしてるんだったら面白いなと思った。

間取りの写真ネットに載ってるけど、ここに載せていいかわかんないから伝わらない………………。

・浴室のグレードがいいのに、ほかの洗面所とトイレのグレードが普通なのはギャップ大丈夫なのか?

→予算不足です(正直)

・入ったときクローゼットがお出迎えはどうなのか?

→ダイニング入ったらすぐ家族の顔が見えるのでそれで……どうすか……?

あと玄関入って、元ダイニングの子供部屋にもいけるので、それで……どうすか……?

 

という感じだった。

結構いい反応もらえたのでよかったです。

その後に紹介された、企業とのコラボレーションしたリノベーション住宅の間取りと、私たちが提案した間取りがほぼ同じでなんかおおっ!てなった。

 

 

ペルソナ決める→キャッチコピー決める→キャッチコピーからどんな家か考えた→それを実現できる間取りを考えた

 

というこの流れがスムーズに進んでいくのが面白かった。

実際にも細かくペルソナ決めてやってるんですか?ってきいたらそうだと返ってきた。

楽しそう!と思った。

初めてコンビニ業界以外で楽しそうだと思うところを見つけられたので、すごく良かったです。

普段あまり関わることのない理系の人と話せたりしたのも良かったです。